2024年3月6日にオンラインにて、北陸学院大学教育学部初等中等教育学科教授 村井万寿夫 先生にインタビューさせていただきました。
北陸学院大学 教育学部初等中等教育学科教授専門は教育工学。令和元年度から同4年度まで文部科学省「学習者用デジタル教科書の効果・影響等に関する実証研究事業」有識者会議の委員として小中学校の社会科を担当。現在は帝国書院の「楽しく学ぶ 小学生の地図帳」デジタル教科書・教材を監修。博士(教育学)
学習者用デジタル教科書による「個別最適な学び」の実現
―EduHubのサイトでは、帝国書院のデジタル地図帳を使っている 東京学芸大学附属小金井小学校 の社会の授業と、東京書籍の学習者用デジタル教科書を使っている たつの市立龍野西中学校 の英語の授業を取材させていただき、レポートとして公開しています。
村井先生はたくさんの学校現場で、現場の先生方が学習者用デジタル教科書をどんなふうに使っているのかを見て、どのように現状を評価されていますか。
村井先生
小学校の社会と中学校の英語の授業実践をご紹介いただきましたので、そこと絡めながらお話しましょう。
デジタル地図帳は、子どもが自分の意思でレイヤーを切り替えて見たい情報を選んで見られるという、紙の地図帳にはない良さがありますね。子どもによって地図帳に何の情報を表示するかが違ってきます。英語のデジタル教科書では、教科書の英文を隠すマスキングの量や文章の区切りを変えるところも生徒によって違いますよね。
こういうところに、デジタル教科書・デジタル地図帳によって「個別最適な学び」が実現できる良さが出ていると思います。先生は、児童や生徒がみんなで同じことをするのではなく、一人ひとり違う方法で学んでいる授業に慣れていく意識が大事だなと思います。
子どもたちがみんな同じことをやっている方が安心感がある先生もいるし、子どもたちが黙々と何かをやってるとかまいたくなる先生もいます。子どもの様子を見て必要な助言をするのでなければ、先生方は勇気をもってちょっと見守るように待つ姿勢が大事だな、といろんな授業を見ながら思っています。
子どもたちがデジタル教科書やデジタル地図帳に慣れてくると、どんどん自分の学びたいようにやっていくという良さがあります。その一方で、一斉ではない個別の学習に先生が慣れて受け入れていく必要もあります。これらが、現状とこれからの大事なところかなと思っています。
―子どもたちがデジタル教科書に慣れていくためには、授業の中で使っていくことが大事になりますが、その前に先生方が慣れないといけませんよね。 小学校と中学校の先生には、いま村井先生がおっしゃったように、子どもたちみんなに一斉指導で教えてあげたいという先生は多いかもしれないですね。
村井先生
社会科の研究授業を見に行くことがありますが、必ず最後にまとめたり、分かったことを何人かの子どもに発表させるんですよ。先生にとって、発表させることで何か落ち着く感じがあるんですよね。子どもたちが自分たちで発表したいと言っているならいいけれど、そうでなければ必ずしも最後にまとめたり、グループの代表が発表しなくてもいいと思います。グループでの意見交換だけで終わる場面があってもいいですよね。こういうあたりは、先生方がこれから意識を変えて、授業作りも変えていかなければならないと思うんですよね。
―授業作りを変えていくのは、日々忙しい先生方にとっては敷居が高い感じがするんですが、進んでる感じはしますか?
村井先生
いま始まったところですね。先生たちは、文部科学省や都道府県・市町村の教育委員会から「個別最適な学びと協働的な学びの一体化を進めるように」と言われていますよね。
「協働的な学び」というのは、わりとどの先生もある程度イメージできますよね。 ペアワークあるいはグループワークで、児童生徒同士で何かを伝え合ったり話し合ったりまとめたりする。これは協働的な学びに近いと思うし、先生たちにイメージのずれはあまりないと思います。
一方で、「個別最適な学び」というのは、先生たちの捉え方によっても教科によってもイメージが違うと思うので難しいですよね。これはどの都道府県でも市町村でもだいたい同じ状況で、これから進めていくところなのかなと思っています。
先ほどの授業レポートで紹介されているようにデジタル地図帳や英語のデジタル教科書を使うと、児童や生徒の「こうしたい」とか「ああしたい」ということがどんどん出てきます。そこで先生が「こうしたらわかりやすいよ」「こうしたら学びやすいよ」ということを伝えていけば、「個別最適な学び」に近づいていけるのではないかと思います。
学習者用デジタル教科書の活用を広げるために
村井先生
2023年10月に文部科学省から公表された「令和4年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(令和5年3月1日現在)」を見ると、学習者用デジタル教科書の整備率は、小学校が99.9%、中学校が99.8%で、どちらもほぼ100%なんですよ。まあ、これは全教科っていうよりは英語とか数学が1教科入ってるところが多いということですけど、先生たちは、ある程度使い始めて慣れていこうかなと思ってるところですよね。
学習者用デジタル教科書の活用をテーマにしていく場合は、来年度どうするかということも大事なんだけど、その先3~4年くらいのスパンで見てどうやっていくかという中期ビジョンを描く必要があると思うんですね。
ここ2~3年でGIGAスクール構想が実現されて、授業支援ツールが入って、ワークシートを配布してそこに書き込ませて、自分の考えをペアで見せ合ったり大型ディスプレイで学級全体で見て話し合っていく、という形式の授業は広く全国的に見られるようになりました。
でも、そうした授業のときに一緒に参照すればいいはずのデジタル教科書がまだ一部の教科でしか入っていなくて、授業支援ツールだけでは子どもたちの学びを広げたり深めたりするのがちょっと難しい、という段階にあるのかなと思います。
学習者用デジタル教科書を活用することで、子どもたちの学びを効率の面でも学習効果の面でも高めていける可能性はあると期待をしています。
―教育委員会や学校の先生方が、デジタル教科書にどんなイメージをもっているかが重要だと思っています。村井先生は「デジタル教科書でこういうことができるようになる」と機能の話をされています。でも、「紙の教科書がデジタルになるだけでしょう?」というイメージしかもっていない先生もいると思うんです。機能を知らずにイメージだけで「今までどおり紙の教科書があるからいいじゃん」と言う先生を、「デジタル教科書もいいよね。1人1台端末をもっているからこそ、こういう学びができるよね」というふうに変えるためには何が必要でしょうか?
村井先生
僕は、「まずは、先生が“指導者用”デジタル教科書を使ってみてください」と言ってます。指導者用デジタル教科書からでいいので自分で使ってみてもらうんです。
例えば算数・数学なら図形がいろんな角度から見られて、「これを子どもたちが見たら、すごく興味をもつだろうな」と思うじゃないですか。僕が小学校で教えていたときには、準備室から模型の円柱とか球体とか持ってきて見せたり、方眼紙で立体を作ったりしていました。それもいいけれど、それだと学校にある模型しか見せられないし、子どもたち全員分あるわけじゃないですよね。デジタル教科書を使えば、子どもたちがディスプレイでいろんな図形を自分の見たい角度で見ることができます。こんなふうに使ってみることで、教育委員会の先生も学校の先生も「紙にはない良さがあるな」と思ってくれると思います。
誰かの言ったデジタル教科書の批判・批評・評価をただ受け入れるよりも、自分で使ってみることが大事なので、教育委員会に何か1教科でも入れてもらって、子どもたちと使ってみて反応を見るというのが大事だと思います。先生が使ってみないと何も前に進みません。1時間か2時間程度の研修を受けたって、どんなことができるのかはわからないですし。
―研修でデジタル教科書のことを知っても現状ではデジタル教科書を使う必要性がないので、現場に戻るとまた忙しい日々が戻ってきてしまい、使い始められないのかも知れませんね。難しいですね。
村井先生
ICT が入ったときも、「別に ICTを使わなくても、教科書と黒板と自作教材と話術で授業ができる」と言う人はいました。でも、 その考えはだんだん少なくなってきています。先生方も世代交代してきて、中堅から若手の先生たちがICTを使うようになってきています。
デジタル教科書が導入されても「紙の教科書と変わらないんでしょう?デジタルになっただけでしょう?」という考えの先生には、「そうですよね。でも、まずは使ってみませんか。子どもたちを惹きつけるコンテンツもあるし、準備しなくても電子黒板に大きく映せますよ」というふうに、デジタル教科書の良さを感じてもらえることが多くなってきたように思います。
No.2に続きます。
フューチャーインスティテュート株式会社 / 教育ICTリサーチ 為田裕行